第1番 四萬部寺(妙音寺) 毎年8月23日に「大施餓食会」が行われる。享保4年(1531)から483回の伝統をもつ。各宗派の僧侶が施食殿「八角輪蔵」を読経しながら回る🔸性空上人は、弟子幻通に「武蔵野国秩父に行基菩薩開基の観音寺あれども、怠転におよびし・・・」と遺命し託した。秩父34霊場中興の祖。

第2番 真福寺 猿子の瓔珞、千疋猿ともいい本堂天井から下がり「女人の諸願成就」の思いが込められているという🔸九十九折の急坂を降りていくと「江戸古道」に天然記念物・金木犀(樹齢500年)は、古来多くの人々の灯火だったが、2013年枯れ木となる。真福寺は無住の寺。

第3番 常泉寺(岩本寺) 宇賀神の石碑が建つ道に本堂入り口が。宇賀神は穀物の守護神として、かつて周辺は豊かな田園風景が広がっていた🔸 「子持ち石」が本堂のぬれ縁に、『秩父観音霊験記』に「嗣子無き者信心して祈れば、福徳智慧のある善男子授かる・・・」と。

第4番 金昌寺(新木寺) 白い「慈母観音像」は別名聖母マリア子育像ともいう。かつて秩父の地にもキリスト教禁令の嵐が・・・。🔸「羅漢、観音、地蔵」など1300体余りの石像群「越前様奥女中御祈祷」「紀州様奥女中御祈祷」など在銘。禁酒地蔵には足を止めずにいられない。

第5番 長興寺(語歌堂) 何と風雅な名か「語歌堂」(旧名五閣堂)は、文化年間(1804~1818)地元の村長本間孫八が旅僧から和歌の奥義を伝授されその感謝の念に中興したという🔸本尊准胝観世音は六臂、蓮台の下は極彩色の二竜王が支えている。准胝観音は仏母女性尊の秘仏と。西国11番上醍醐寺と本寺のみ。

第6番 卜雲寺(荻野堂) 秩父を代表する武甲山、日に日に変貌を遂げている。本尊は元武甲山山頂にあった蔵王権現社に祀られていたのを移し安置した🔸武甲山の由来は、昔倭武尊が東征のとき、武甲山に登り武具・甲冑を岩蔵に奉納し戦勝祈願したことからついた名という。

第7番 法長寺(牛伏堂) 牛伏堂の由来となった牛の石造は、悪心の報いによって牛になった夫を救う妻子の話がもとになっている🔸平賀源内縁の寺「エレキテル」奇想天外な発明家で、両神山にて石綿を発見した。本堂欄間に源内の故郷四国志度町の「四国86番札所志度寺」の彫物が。

第8番 西善寺 秩父銘仙絹の発祥地。「城谷沢の井」は、絹布染色に用いられた井戸で「根古屋絹」。「秩父町出はづれ来れば機織りの唄ごえつづく古りし家並に・・」若山牧水🔸天然記念物コミネカエデ推定樹齢600年は、秋の風物詩になるほど、風雲を織り交ぜて唐紅にくくる。 

第9番 明智寺 寺名の由来は、親孝行の息子が盲目の母を観音に願い母の目が開眼したとことからきている🔸本尊如意輪観音は、安産子育観音と知られ、縁日の1月16日、8月16日は女性で賑わう。宝永元年(1704)の文塚は、多くの女性たちの「願い」が込められている。

第10番 大慈寺  本尊聖観世音菩薩は、高僧恵心僧都の造顕。源信の名で知られ、坂東札所霊場に大きな影響を与え、『往生要集』平安貴族の必読書🔸坂氷は「姿の池」から降りたところに。昔、女性の巡礼者が池の水害を止めるため「人柱」として犠牲になったという伝説が残る。

 

第11常楽寺 元三大師(良源)を祀る。1月3日入寂した命日に因んで「厄除元三大師縁日」が。お御籤の元祖といわれ大師の考案した「護符絵馬」🔸境内には「稲荷大明神」が祀られている。御神体は五穀を司る神「ウカノミタマ」を主祭神としている。狐は主祭神の眷属である。

第12番 野坂寺 秩父霊場の各札所には、大きな石灯籠がある。徳川時代の名残で将軍が薨去すると諸大名が将軍家に忠誠を形に表し献上。門前には6代将軍家宣(対馬藩主と近江国山上藩主)🔸「芝桜の丘」は、人気のスポット。

第13番 慈眼寺 「眼のお寺慈眼寺」昔境内には眼の薬効成分メグスリノ木が2本あった。あめ薬師縁日は7月8日「阿眼」(目が開く、目が出る)の意味を掛けて、眼に効く「ブッキリ飴」売れるという🔸施無畏堂には、秩父札所の開祖「十三権者像」が色艶やかに見られる。

第14番 今宮坊 本堂には「飛天像」が安置されている。平安時代の造顕で天衣を纏い雲に乗った姿が美しい🔸今宮神社境内に「今宮坊の古図」宝暦9年(1759)が、今宮神社から「今宮坊」は同一敷地内にあった。今宮神社「龍神池」は武甲山の伏流水で湧く“秩父最古の泉”という。

 

第15番 少林寺(蔵福寺)  御詠歌には「母巣」と謳われ、旧寺の「蔵福寺」が詠まれている。母巣山蔵福寺は廃仏毀釈以前は、秩父神社境内「蔵福寺」として構えていた。分離令で蔵福寺は廃寺に、だが民衆の力によって少林寺へと🔸秩父神社は古来「柞の森・妙見社」さまと。

第16番 西光寺 境内の「札堂」の建物の中には、納札や木札、無数の釘の跡など見られる。秩父札所最古の遺構として市指定史跡に🔸本堂欄間には「釈迦涅槃像」が彩色豊かに、自らの死期を悟り沙羅双樹に横たわったお釈迦様。「枝垂桜」4月上旬が見頃。  

第17 番 定林寺(林寺) 長亭2年(1488)の札所番付に第1番定林寺とある。秩父札所最古の記録である🔸宝暦8年(1758)再鋳の梵鐘は、日本百観音の本尊とご詠歌が浮き彫りにされている。秩父三名鐘の一つ。鐘は参拝後に撞くと”出鐘”で功徳が消えるという。

第18番 神門寺 「神の門」以前この地は「神社」で、社殿の前に大きな榊の木が、枝を左右に伸ばし楼門のようだったことから神門と呼んだのだそうだ🔸神門寺本堂には、回廊が設けられている。ご本尊と結縁を結ぶ紐が垂れている。(旧寺神戸山長生院という修験寺であった)

第19番 龍石寺 本堂は「巨大な堆積岩」の上に建つ。その岩盤の隙間から桜、サツキなどの樹木が季節感をにおわす🔸境内には「三途婆堂」が、三途の川で奪衣婆(閻魔大王の娘)が死者の衣服をはぎ取る・・・優しい顔立ちの奪衣婆で、子どもの病気を治してくれる老婆だという。

第20 岩之上堂 本堂は元禄年間(1688~1703)建立。観音堂堂守は内田家、元禄以前から保存管理、社務をこなし、僧侶にあらず。現在16代目🔸往古は「染場の渡し」で舟が荒川を往来した。今は道が塞がれ船場の石段など面影を見ることができない。乳水地蔵尊が祀られている。

第21番 観音寺(矢之堂) 矢之堂は元八幡宮社地であった。行基菩薩が観音像を安置したところ、邪神等が火を降らした。八幡神が邪神を追い払った一本の矢を納めて矢納堂と🔸大正12年(1923)の大火災で堂宇悉く灰燼に、本尊聖観世音は難を逃れ「火伏せ観音」「火除け観音」と。

 

第22番 童子堂(永福寺) 童子堂の由来は、延喜15年(915)この地に天然痘が流行、山奥にあった本寺を村に移し祈願し子どもたちを病から救ったという🔸畑の中の山門には、病から子どもの身を守る双方の仁王尊が童顔で迎えてくれる。寺を護る地域の人々の暖かを感じる。

第23番 音楽寺 明治17年(1884)11月2日秩父困民党事件が起きた。音楽寺の梵鐘にて大宮郷(秩父市)へ突入した名鐘である。「秩父困民党無名戦士」の碑がある🔸秩父霊場中興の祖「十三人権者」が”あぶちゃん”姿で並ぶ。この丘に吹く松風の奏でる調べをきいたのであろうか。

第24番 法泉寺 養老7年(723)越前の泰澄大師が加賀の白山から妙理大菩薩を勧請し、聖観世音を安置した🔸毎年4月18日の縁日は、地元の人による「大数珠廻し」が行われる。鉦と太鼓の音頭に合わせて念仏「ネンブッダーブツ、ナンマイダーブツ」と唱えながら百八回の煩悩を祓う。

第25番 久昌寺(御手判寺) 「御手判石」は、性空上人が閻魔大王から「石の手判」と「証文」を授かり、手判は久昌寺に証文は西国24番中山寺に納めた🔸「弁天池の」伝説は欲深い悪行の母親が女子を産み、その子(娘)は母の罪業を善行で償い、観音堂を建立したのが久昌寺の始まりという。

第26番 円融寺(岩井堂) 「史蹟・影森用水」石碑がある。「〽嫁にゆくなら影森ゃおよし水もないのに米もない」と謡われ、寺も名主も「用水堀」に苦心したと🔸無住の寺「岩井堂」へは工場の敷地から324段余りの石段。岩井堂は懸崖の舞台造り「正観音坐像」はさらに裏手に。

第27 大淵寺(月影堂) 車窓から見え隠れする真っ白なお姿の「護国観音」。建立は昭和10年(1935)開眼。高さ16㍍余り、左手には剣を鋭く立てる🔸本尊が祀られている「月影堂」は平成8年(1996)再建。「・・月の影もり」はさぞ美しい世界か。

第28 橋立堂  鍾乳洞などで修行することを穴禅定、胎内巡りといわれている。「橋立鍾乳洞」県天然記念物、洞穴の長さ130㍍余りに。「弘法大師の後姿」や「昇り龍・降り龍」などの形をした鍾乳石🔸本尊馬頭観世音は弘法大師が柚の老樹で刻んだ小さな像。忿怒表情、諸悪を食い尽くす強大な力を持つ。

第29番 長泉院(石札堂) 文暦元年(1234)西国書写山・性空上人が秩父巡礼のときにこの寺に納めた「石札」がある。石札には「石札定置順礼」と彫られている🔸4月の初旬「よみがえりの一本桜」が、蘇りとは、枯れ木寸前に神仏の加護によって生き返えさせられた枝垂桜だった。寺宝に葛飾北斎の「桜花の図」

第30番 法雲寺 寺宝に天文5年(1536)の納札に「奥州葛西住赤萩伊豆守平清定 西国坂東秩父百ケ所巡礼只一人 為二親菩提 天文五年三月吉日」。一方32番法性寺の長保2年(1448)の番付では33カ寺の記録が。日本百観音霊場が成立したことを示す🔸寺宝に「楊貴妃の鏡」「天狗の爪」「龍の骨」など。

第31番 法雲寺 石段を296段上がる。般若心経276、廻向20段と。「岩殿石」は観音山から採掘、風化するが加工しやすいという。4番金昌寺の石仏もこの石材を使用🔸「聖浄の滝」は高さ60㍍余り、普段は静かな白糸の滝だが、大雨時龍が天上界へ上る時のような世界をつくる。

第32番 法性寺 本尊聖観世音菩薩像は、笠をかぶり櫂を持ち舟を漕ぐ。本堂から山の岩が船の舳先に似て、観世音が船で到来したかのように「御船観音」と呼ばれている🔸舞台造りの観音堂、さらに奥の院へは鎖のついた岩場をよじ登り秩父札所霊場中最も幽邃の世界へ。
 

第33番 菊水寺  「おがの化石館」には、パレオパラドキシアなど化石が展示、「ようばけ」の地層から発掘されたものでおよそ1500万年前の地層。かの宮沢賢治も「ようばけ」の魅力にとりつかれ訪れている🔸寺宝に「子返しを戒める図」「親孝行和讃」 寒菊や粉糠のかかる臼の端 芭蕉

 

第34 水潜寺(結願寺) 本尊千手観世音菩薩は胡粉が塗られている。左右に西国・西方浄土の阿弥陀如来、坂東・東方瑠璃光世界に薬師如来を安置する🔸水潜りの岩屋といわれた「再生儀礼の胎内くぐり」は現在閉鎖。「清浄長命水」で口を浄め結願とする。結願の湯「水と緑のふれあい館」